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吾輩は猫である
夏目 漱石

吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々を捕えて煮て食うという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。ただ彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始であろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。
猫と庄造と二人のおんな
谷崎 潤一郎

福子さんどうぞゆるして下さいこの手紙雪ちゃんの名借りましたけどほんとうは雪ちゃんではありません、そう云
うたら無論貴女
は私が誰だかお分りになったでしょうね、いえいえ貴女はこの手紙の封切って開けたしゅん間「さてはあの女か」ともうちゃんと気がおつきになるでしょう、そしてきっと腹立てて、まあ失礼な、………友達の名前無断で使って、私に手紙よこすとは何と云う厚かましい人と、お思いになるでしょう、でも福子さん察して下さいな、もしも私が封筒の裏へ自分の本名書いたらきっとあの人が見つけて、中途で横取りしてしまうことよう分ってるのですもの、是非ともあなたに読んで頂こう思うたらこうするより外ないのですもの、けれど安心して下さいませ、私決して貴女に恨み云うたり泣き言聞かしたりするつもりではないのです。